アメリカ人に学ぶ働き方改革③ – 家業回帰するアメリカ若者世代
「親の後を継ぐ」のはチート?
「親の仕事を継ぐなんて、楽をしているだけ」
「自分のキャリアは自分で切り拓くべき」
アメリカでは長い間、そのように考える風潮がありました。特にミレニアル世代以降にとって、“家業を継ぐ”という選択肢は「安易」「退屈」といった印象を持たれることも少なくありませんでした。
しかし最近、その風向きが少しずつ変わってきています。いま、Z世代を始めとした若者たちの間で「親のビジネスに戻る」「家業を継ぐ」ことが、実は“堅実で前向きな選択肢”として再評価され始めているのです。この変化の背景には、めまぐるしく変わる雇用環境と、働くことに対する価値観のシフトがあります。
吹き荒れる大量解雇と停滞する転職市場
パンデミック後に起きた大量離職の波“Great Resignation”は、今年2025年には“Great Freeze”へと移行。雇用側・従業員側ともに動くにはベストなタイミングではないとし、就職・転職市場は停滞の様相を呈しています。特に大手企業ではレイオフや採用停止が相次ぎ、連日有名企業の名前がメディアに取り上げられています。さらにAIの進化が、従来人が担ってきた職域をどんどん塗り替えています。高額な学費を払って大学で学んだスキルが、卒業して社会に出るころには現場ではもう通用しない──そんなケースも珍しくありません。
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Morning Consultの最新レポート『State of Workers 2025』でも、今の若者たちが「キャリアの先が見えない」と強い不安を抱えている実態が示されています。安定を求めて大企業を目指したはずが、もはや大企業であっても安定は得られない――こうした現実を前に、若者たちは最適解を求めて新たなキャリアパスを常に模索しています。
お昼は“弁当持参”──オフィスに戻された若者たちの現実
コロナ禍を経て一時期は定着したリモートワークですが、企業側は再び従業員をオフィスに戻す動きを強めています。しかし、自由な働き方を経験した特に若者世代にとって、この“RTO(Return to Office)”は歓迎できるものではありません。
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しかも、長引くインフレの影響で生活にかかるコストはじわじわと上昇中。「ランチ代」は大きな問題です。ビデオ会議システムを提供するOwl Labsの調査(2024年、全米フルタイム勤務者2,000人を対象)によると、ハイブリッド勤務者が1回のランチにかける平均支出額は21.06ドル(=約3,100円)。前年の16ドルと比べても急騰しています。「さっと外食するにも高すぎて無理」――。そう感じている労働者が多いことを示すデータです。実際、LinkedIn上で実施されたアンケートでは、回答者約4,250人のうち71%が「今年は職場にランチを持参する頻度を増やす」と答えています。
行きたくもないオフィスに戻され、デスクで冷たいお弁当をつつく──。一体なんのために働いているのか分からなくなるような日常が、若い労働者たちの心を静かに蝕んでいるのかもしれません。では、そんな彼らにとって“家業を継ぐ”という選択肢はどう映るのでしょうか?
「親の後を継ぐ」という新たなキャリア選択肢
WSJによると、近年のアメリカでは、大学を卒業したばかりの若者が両親のビジネスに戻るケースが目立ち始めているとのことです。たとえば、ミネソタ州のJohn Welshさん(25歳)は、グラフィックデザイン専攻でしたが、就職活動の厳しさから父親の金属加工会社に就職。現在は兄とともに事業承継を目指しています。彼はこう話します:
「見知らぬ会社に履歴書を送るのって、すごく機械的で不毛に感じるんです。それよりも、自分が育ってきた場所で、知っている人たちと一緒に働く方が自然でした」
バロー・リサーチによると、2024年時点で中小企業オーナーの42%が5年以内に事業承継を予定しており、そのうち28%が家族への引き継ぎを希望しています。さらに、給与計算会社Gustoの分析では、50歳以上のオーナーと30歳未満の従業員の姓が一致する企業の数は、2018年から倍増。2025年1月時点でも前年比13%増を記録しています。これはつまりオーナーの家族や親族が同じ会社で働いている割合の多さを示しています。
こうした動きの背景には、前述してきたような若年層の「雇用不安」と、親世代の「引退準備」がちょうど重なっていることがあります。興味深いのは、親世代の側もこの変化を前向きに捉えていること。Citizens銀行のマーク・ヴァレンティーノ氏は、こう述べています:
「これまで『親の後を継ぐ』という選択肢は、どちらかと言えば後ろ向きに受け止められていました。でも今は、既にある事業を引き継ぐことに対して、若者の関心も高まっています」
もちろん、事業継承のすべてのケースが順調に進むわけではありません。WSJでは、家族経営に入る子どもが「実力以上に優遇されているのでは」という目で見られたり、親子間で役割の調整に苦労したりする実例も紹介されていました。
家業は“逃げ”ではなく、“賢い選択肢”へ
「自分の力でキャリアを築く」ことが美徳とされてきたアメリカ社会において、“家業を継ぐ”という選択はかつては少数派でした。しかし今、若者たちはリアルな労働環境と向き合いながら、自分にとって本当に意味のある働き方を見直し始めています。それがたまたま「家業」だったとしても、それは“逃げ”ではなく、“地に足のついた選択”なのではないでしょうか。
厳しさを増す就職市場と、引退を見据える親世代のタイミングが重なる今、“家業回帰”は一過性のトレンドではなく、持続的な流れとして広がっていく可能性があります。