全米旅客鉄道アムトラックの成功例に学ぶ レガシーブランドのデジタル戦略
アメリカでは今週木曜がThanksgiving(サンクスギビング・感謝祭)。日本で言うなればお正月のような、家族が集まる祝日で、AAAによると今年は約8,200万人以上がこのホリデー期間中に移動すると予測されています。
毎年これほどの長距離移動の需要があるにもかかわらず、「アメリカでの長距離移動=飛行機または車でロードトリップ」というイメージは根強く残っています。しかし近年、その選択肢の中で再び注目されているのが『鉄道』です。
その代表例が 全米旅客鉄道Amtrak(アムトラック)です。同社は2023〜2025年にかけて2年連続で大幅成長を遂げ、2025年度は過去最高の乗客数と収益を記録。チケット収益は27億ドルで前年比10.4%増、総営業収益は前年比9.1%増の39億ドルと、いずれもAmtrak史上初の高水準に達しました。
このAmtrakの業績好調の背景にはなにがあるでしょう?そこには着実なデジタルインフラ整備(DX)と、若い世代を取り込むための巧みなデジタルマーケティング&ブランディング、そしてSNSを活用した コンテンツマーケティング戦略の転換がありました。
アムトラック(Amtrak)とは?
Amtrakは1971年、米国の旅客鉄道サービスを維持するために設立された国有企業です。正式名称は『全米鉄道旅客公社(National Railroad Passenger Corporation)』で、”America”と”Track”を組み合わせた通称『Amtrak』が広く浸透しています。日本のJRのような存在と言えますね。
アムトラックは現在は全米46州とカナダで500以上の駅を結び、北東回廊から西海岸まで網の目のように路線を展開しています。
主要ルートには、
- ニューヨーク〜ワシントンD.C.を結ぶ高速鉄道 Acela、
- シカゴ〜ロサンゼルス間を40時間以上かけて走破する Southwest Chief、
- シアトル〜ロサンゼルス間を太平洋岸沿いに走る人気路線 Coast Starlight、
- シカゴ〜サンフランシスコ(エメリービル)をつなぐ壮大な景観路線 California Zephyr(大陸横断約52時間)
などがあり、特に「アメリカ大陸横断」に挑戦する場合、ルートにもよりますが 約50〜55時間前後を必要とし、飛行機とは異なる“移動そのものを楽しむ旅”は鉄道旅好きの憧れを象徴するルートとして、世界的にも知られています。
しかし、こうした広大なネットワークを持ちながらも、アメリカ社会の自動車依存・航空移動の一般化により、鉄道の存在感は長年低下。2013年以降は利用者数の伸び悩みが続き、「駅や車両の老朽化」「遅延が多い」「前時代的」など負のイメージが定着していました。

DXで変わる「鉄道の顧客体験」
Amtrakの復活劇の基盤となったのが、継続的なテクノロジーへの投資とデジタルアクセシビリティの向上です。
スマホアプリの刷新
予約、運行状況、連絡手段をアプリで統合し、旅行の煩雑さを解消。チケットの予約、運行状況のアップデート、カスタマーサービスへのアクセスなどをアプリ内で実現。
多様な顧客コミュニケーション
アプリ、SMS、電話など、顧客が選べるチャネルを整備し、状況に応じて最適なサポートを提供。
Eチケットの導入
紙の乗車券は必須ではなくなり、PDF形式のeチケットやアプリ内バーコードを使った乗車方法にシフト
これらの施策によって、Amtrakは「時代遅れで不便な公共サービス」から「オンラインでスムーズに手配ができる移動手段」へと進化。DXによる顧客体験の改善が売上・利用者数の拡大に直結した好例と言えます。
ソーシャル戦略のアップデート
DX推進に加え、Amtrakの復活に大きな役割を果たしたのが、ソーシャルメディアでのブランディング刷新です。
ターゲットはZillennial(ジレニアル世代―90年代初めから2000年代前半に生まれたミレニアル世代とZ世代の間の層)、Z世代、アルファ世代 といった若い層。そこに向け、従来の鉄道ブランドが持つ硬いイメージを一新すべく、「リアル」「カジュアル」「カオス」を掛け合わせたSNS戦略へと舵を切りました。
なかでも代表的なのが2024年の広告キャンペーン“Retrain Travel”です。
このキャンペーンは、“train(鉄道)”と“retrain(再発想)”を掛け合わせ、「旅の選択肢をアップデートしよう」というメッセージを発信するものです。広告クリエイティブでは、走行する列車を思わせる“フリップブック”技法を用い、列車旅を特別なものにするAmtrakの魅力を強調。『世界の車窓から』を思わせる旅情を醸しだすのと同時に、広いレッグルームや十分なパーソナルスペース、好きな時に通路を歩ける自由、中間席のない快適さ、そして移動に伴うカーボンフットプリントの削減などが紹介されています。
SNS投稿では、あえて映画のようにきれいな映像ばかりではなく、
- アムトラック車窓からの“揺れ感”のある動画
- 旅先でのちょっとしたトラブルも含む“リアル”な体験
- フィルム風でノスタルジックな編集
など、若い世代の感性に寄せたコンテンツマーケティングを積極展開しました。
またAmtrakはコンテンツ内に黒人コミュニティやLGBTQコミュニティ、ラテン系など多様性を尊重するストーリーラインを盛り込んでいます。「鉄道はすべての人の旅を歓迎する」というブランドの姿勢を明確にし、より幅広い市場を取り込むことに成功しています。
Amtrakは2040年までに乗客数6,600万人を目指す長期目標を掲げており、ソーシャルメディアは今後もアムトラックのマーケティング戦略の中核となることは間違いないでしょう。
Amtrak復活が示すレガシーブランド戦略のヒント
Amtrakのカムバックからは、レガシーブランドにとって数多くの示唆を得ることができます。
まず一つめは、既存顧客と新規顧客の“両面ブランディング”の重要性です。Amtrakは若者に向けてSNSで大胆な表現をしつつも、主要利用者である中高年層に対しては落ち着いたトーンの情報発信を継続し、Facebook/Instagram/TikTokなどのプラットフォームごとにメッセージを丁寧に調整しています。これは米国市場に多い“世代間ギャップ”を見事に橋渡しするアプローチです。
次に、デジタル転換(DX)とブランディングを切り離さないという視点です。機能だけを改善しても、ブランドがアップデートされなければ若い世代には響きません。逆に、ブランドのメッセージだけが強くても、アプリや予約機能が使いにくければ実際の利用にはつながりません。Amtrakは両者を同時並行で改善し、体験とストーリーを一体化した点が成功の鍵になったと言えます。
さらに、以前の記事で紹介したCracker Barrelのように、ターゲットの嗜好を誤認したリブランドは逆効果になり得ることも、重要な教訓です。自分たちのブランドが誰によって支えられているのかを見極めることは、長く内部にいると客観的に見ることが難しくなるのかもしれません。その点、Amtrakは若年層への挑戦をしながらも、ロイヤルカスタマーを切り捨てない「絶妙なバランス」を保っています。
レガシーブランドであっても、適切なDX、デジタルマーケティング、コンテンツマーケティング、そしてブランドの再定義を通じて、もう一度、市場に愛される存在へと進化できる可能性は十分にあることが分かります。

鉄道が「新しい旅の象徴」となる時代へ
Amtrakの成功には、時流的な後押しもあります。まず、環境配慮やサステナビリティを重視する風潮の広がりは、鉄道移動への再評価を生みました。カーボンフットプリントの観点から、自動車や航空機よりも環境負荷が低い鉄道が代替の移動手段として見直されています。
加えて、“効率重視”から“体験重視”へ人々の価値観がシフトしつつあることも重要な要因です。旅の移動も例外ではありません。ただ最速で目的地に着くことを目指すのではなく、窓から見える雄大な景色をSNSに投稿したり、ゆったりとした時間そのものを楽しむスタイルは飛行機移動では得られない体験です。
急速な変化が続く現代だからこそ、「古き良き旅」へのノスタルジーが若い世代には新鮮に映っているのかもしれません。高速化・デジタル化が進むほど、アナログな体験や風景をゆっくり眺める移動時間に価値が生まれているのは興味深い点です。
AmtrakのDigital & Brand Management担当VPである Jessica Davidson氏 は2025年のインタビューで、「鉄道は新しい時代へ突入した(modern era of rail)」と語っています。古くて新しい鉄道の旅。皆さんもアメリカ旅行を計画する際は、選択肢の1つに加えてみてはいかがでしょう?