人は、人から買う。— AI時代のマーケティング・PR戦略

末永 恵

人は、人から買う。— AI時代のマーケティング・PR戦略

「AIがマーケターの仕事を奪う」という話は業界にいる人であれば3日に1回は見聞きするトピックでしょう。結論から言えば、(これも5日に1回は聞いているかもしれませんが)半分だけ当たっている、と言えます。

 

AIに仕事を奪われる人、奪われない人

現実を直視すれば、まず単純作業はどんどんAIに代替されていきます。すでに取って代わられた人もいます。これはデータが示す事実です。

Anthropicが発表したレポートによると、マーケティング専門職が担うタスクのうち65%はAIに代替可能とされており、これはプログラマーや顧客サービス担当に次ぐ高い水準です。アメリカ国内の求人データを追うTaligenceの分析では、2025年第2四半期のマーケティング系求人数は前年同期比で7%、前四半期比で15%も減少しています。

ウェブサイトのコピー作成、SNS投稿のドラフト、メディアリストの整理、プレスリリースの叩き台、こうした「文字を扱う作業」の多くは、すでに大規模言語モデル(LLM)がはるかに低コストでこなせるようになっています。PRの現場でも、SNSへの投稿文を書くだけ、メディアリストのスプレッドシートを管理するだけ、という仕事は単体では成立しにくくなってきています。

 

AIを使いこなす人材こそが最強になる

AIは一時的なブームではありません。AIがなかった時代に戻ることはもうなく、今後も進化し、日常的なビジネスツールとして定着し続けます。ただしそれは同時に、次のことを意味します。「人間にしかできない仕事の希少価値はこれまで以上に高まる」ということです。

では、AIに代替されない「人の仕事」とは具体的に何でしょうか?その1つは強固なパーソナルブランドと専門性です。コミュニケーション戦略やコンテンツ設計を考える頭脳、メディアリレーションやクライアントとの信頼関係など、高度な判断を要する領域や人脈がものを言う業界において、本当に優れた人材はAIによる淘汰圧に対しずっと強く抵抗することができます。

逆に言えば、「平均的な仕事をこなすだけ」では先行きは暗いでしょう。AIは「平均」を簡単に代替できるからです。目指すべきは「その他大勢のPR担当者のひとり」ではなく、「PR担当の〇〇さん」と認識されるほどの専門性、そして人間関係を持つことです。人脈という資産はLLMには模倣できません。

ちなみに、AIスキルを持つマーケティング人材の年収は、そうでない同職種と比べて20〜30%高く、職種によっては43%もの差がつくというデータもあります。つまり、確かなパーソナルブランドと専門知識を有しつつAIを武器として使いこなせる人材こそが最強で、その価値はこれからさらに上がっていくでしょう。

 

「AIで作った」ではなく「AIと作った」

根強い誤解のある部分ですが、AIを使ってコンテンツを作ることは悪いことではありません。

ウェブコンテンツのブレスト、商品情報の文章作成、メディアリストの作成、競合他社のリサーチ、ピッチメールの下書き、こうした日常業務にChatGPTやClaudeなどのLLMを活用することは、むしろ積極的に取り入れるべき合理的な選択です。「AIを避ける理由はない。むしろ避けることで生産性と競争力を自ら下げることになる」これが今日の海外マーケティングの現場での共通認識になっています。

ただし、注意点もあります。

現時点で、AIコンテンツに対してアレルギー反応を示す生活者は、アメリカや海外市場にも多く存在します。Pew Research Centerの調査では、AI技術に対して「期待より懸念が大きい」と答えたアメリカ人は2021年の37%から50%へと増加しており、警戒感は高まっています。「これはAIが書いたな」と感じた瞬間、ブランドの信頼は損なわれます。特に、これまで人が担っていた部分をAIに置き換えたり、本当はAIで作ったものを人が作ったように見せかけると炎上が起こりやすい傾向があります。よって、AIを使いながらも人間の視点・経験・温度感でレビューするというプロセスが不可欠です。

広報宣伝の視点で言えば、AIコンテンツが世の中に溶け込む過渡期にある現在は、ブランド側は慎重な対応をするに越したことはありません。数年も経てば、誰も気にしなくなる時代になっているかもしれませんね。

 

インフルエンサーは死なない。ただし本物だけが残る

AIの台頭によりインフルエンサーは不要になるか?というのもよく語られるマーケティングトピックです。既述のような流れから、生身の人間のインフルエンサーはむしろ価値が上がると考えられます。ただし、条件があります。

Edelmanのトラストバロメーターによると、Z世代の80%は、インフルエンサーなど自分に近い立場の人物からのブランド情報を信頼すると答えています。B2Bビジネスにおいてはバイヤーの94%が購買プロセスでLLMを活用しているものの、最終的には人間の意見でその情報を検証しようとするという調査結果もあります。つまり信頼できる「人」の声はこれまで以上に重要になるということです。

一方で、AIツールを使って量産されたコンテンツを垂れ流すだけのインフルエンサーは、すでに埋もれ始めています。そもそも、インフルエンサー選定において重要なのはフォロワー数ではなく、コミュニティの質です。調査によれば、フォロワー数1万人以下のナノインフルエンサーのエンゲージメント率は2.53%であるのに対し、フォロワー100万人超のアカウントは0.92%にとどまります。数より質、規模より信頼性が大切ということです。

本物の人間にしか出せない「リアルな体験・視点・感情」こそが、有象無象のAIコンテンツのノイズを突き抜ける差別化の鍵になります。

 

AIゴーストライティングと“完璧すぎる文章”

PR・広報宣伝の世界では、ゴーストライターが経営者の代わりにコンテンツを書くことは以前から一般的な慣行です。そこにAIが加わることで、制作スピードと効率は格段に上がりました。

ただし、ここにも落とし穴があります。

一般的なゴーストライティングの問題点は、書き手がその人物のことをよく知らないまま書いてしまうと、没個性的で当たり障りのない文章になりがちだという点です。AIで作りっぱなしのコンテンツもこれと同様です。その人固有の言い回し、口癖、思考の癖、価値観。そういった特性が削ぎ落とされた「誰が書いても同じように見える」文章は読者に届きません。

CEO発信において重要なのは、“本当にその人が話しているように感じられること”です。ゴーストライターの役割は、単に文章を書くことではありません。CEO本人の考え方、話し方、価値観、ユーモア、感情の出し方まで理解し、その人物らしさを文章として再現することにあります。AIはその作業を補助するツールとして活用することができます。特に重要なのは、“完璧すぎる文章”にしないことです。多少の口癖や、話し言葉らしさ、人間味を残した方が、「本当に本人が言っている感」が生まれます。そしてもっとも大事なことは、最後に人間の視点を通してレビューすることです。

 

Thought Leadership:CEOが最強のマーケティングツールに

特に米国・海外市場でのPR戦略において、今最も重要視されているのが経営トップのThought Leadership(ソートリーダーシップ)です。日本ではあまり馴染みのない概念かもしれません。なぜCEOが前面に出ることが大切なのか、それは「人は人から買う」という原則に帰着するためです。企業発信の情報より、CEOが自分の言葉で語る方が、はるかに人の心を動かします。

Edelman-LinkedInのソートリーダーシップ調査(2025年)によると、B2B意思決定者の95%が、ソートリーダーシップ・コンテンツによって営業アプローチに対しより前向きな姿勢を持つようになると回答、75%がソートリーダーシップ・コンテンツをきっかけに、それまで検討していなかった製品・サービスを調べるようになったと回答しています。また、B2B SaaS企業のCEOが週次でLinkedInに投稿するソートリーダーシップ・コンテンツを継続したところ、1四半期以内にインバウンドのデモリクエストが35%増加したという事例も報告されています。

これらはAIの登場で逆説的に重要度が増した個人の発信が力を持ち始めた証明と言えます。LinkedInの2026年データでは、個人プロフィールからの投稿は企業ページの投稿と比べて8倍のエンゲージメントを生み出すとされています。

ただし、これも独自性を失えば意味がありません。当たり前のことを当たり前に語るだけでは、ソートリーダーシップにはなりません。業界への問い、自身の経営哲学、将来を見越した視点、その人でなければ語れない「個」が滲み出るコンテンツだけが人の心に残ります。CEOを会社の顔として前面に出すことはPR戦略的に極めて有効ですが、その前提として「その人固有の声をどう届けるか」の設計が重要です。ここにはAIが介在する余地はありません。

 

「見る派」「読む派」チャネルの最適化

戦略を持ってコンテンツを作っても、それが届かなければ意味がありません。Pew Research Centerが2025年11月に発表した調査では、アメリカ人のニュース接触方法の好みは「視聴(44%)」「読む(37%)」「聴く(19%)」という内訳であり、この比率は2016年以降ほぼ変わっていません。さらに興味深いのは世代差で、65歳以上の57%が「見ること」を好む一方、30歳未満では45%が「読むこと」を好むというデータも示されています。

つまり、人によって利用するタッチポイントは異なるため、ひとつのマーケティングチャネルに固執することは、見込み客の大半にリーチできないのと同義ということです。

「読む」派にはLinkedInの記事・ニュースレター・ブログ
「見る」派にはYouTube・ウェビナー・ソーシャルメディア
「聞く」派にはポッドキャスト・音声コンテンツ

同じメッセージでも様々なフォーマットで届けること。これがチャネル最適化の本質です。ただし、各チャネルの視聴者層が異なる以上、メッセージの届け方はチャネルごとにカスタマイズする必要があります。LinkedInでビジネスターゲット層に向けて語る言葉と、Instagramで広く一般に向けた語り口は、自ずと違ってくるはずです。

企業ページより個人プロフィールからの発信の方が8倍エンゲージメントが高いこと、CEOや専門家による発信は影響力が強いことを踏まえると、企業からの配信やメディア媒体の活用に加えて個人による発信も組み合わせ、複数のフォーマットで継続的に露出を図るエコシステムを作ることが、最も費用対効果の高い広報宣伝戦略と言えます。

 

本当の意味での「AI時代のマーケティング」

思い返せば、ここ15年ほどのマーケティングは「効率化」の一言で語られてきました。

マーケティングオートメーション、パフォーマンスマーケティング、プログラマティック広告など、数字で測れるものだけが正義とされ、CPAやROASの最適化、つまり短期的な成果が最優先された時代。クリエイティブよりアルゴリズム、関係性よりデータ、ブランド認知より販売促進という空気が支配してきました。

今、この流れはターニングポイントに差し掛かっています。効率化やデータの重要性がなくなるわけではありませんが、過熱気味だったマーケティング最適化のムードはAIの登場で一区切りがついた感があります。

ロボットとの会話やAIが生成したコンテンツが溢れれば溢れるほど、そこで明らかになってきたのは“本物の人間”が介することの価値でした。戦略的に考え、人脈を活かし、AIを駆使しながら、クライアントや生活者の意図を汲み、本当の意味でのコミュニケーション設計ができる専門家。これからのマーケティング・PRに求められるのはそんなスキルです。

 


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